プリンス自動車が産んだスカイラインとハコスカとケンメリのGT-Rの系譜

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1957年、まだ日産に合併される前のプリンス自動車でスカイラインが誕生します。
高級車の位置づけで、やがてその座をグロリアに譲りファミリーカーとなりまずが、1964年のスカイラインGTで日本グランプリにデビューするのです。
ですが、当時最強とうたわれたポルシェ904に接戦ながら敗北し、GT-Rの基礎となったR-380が生まれます。

プリンスの最高傑作GT-B

1965年2月、R-380はポルシェ904をターゲットにした車であり、グランプリを制覇するために作られました。
この車がなければ、のちのGT-Rは生まれてこなかったといってもいいでしょう。
今でもGT-Rといえば赤いバッジがついていますが、初めてつけたのがこのR-380だったのです。

その後、1965年9月にスカイライン2000GTがGT-Bとしてデビューします。
54Bとも言われますが、青バッジをつけた車で、翌年の日本グランプリの特殊ツーリングカーレースでR380とともに優勝して行くのです。

しかし、プリンス自動車は慢性的な赤字企業であり、どんなにいい車を作っても、開発費のほうが上回るという体質を改善することができませんでした。
結果として、当時の通商産業省主導の下で、日産と合併することになるのです。

ハコスカの誕生

日産と合併後、スカイラインなどはなくなってしまうのではないかといわれていましたが、ほとんどの車種が残されます。
その中で、すでに開発がすすめられていたS74型と呼ばれるスカイラインは、PGC10型として1969年に誕生するのです。
その中には、セダンボディでありながら2000GT-Bの流れを持つGT-Rが含まれていました。
これが名車とうたわれるハコスカの誕生です。
エンジンはR380に使われていたGR8型を生かして再設計したS20型であり、直6気筒24バルブDOHCという、当時最先端の技術を生かしたエンジンでした。
ツーリングカーレースのために作られたといってもいいGT-Rは、JAFグランプリでデビューウインを飾るのです。
1970年には、ハードトップのKPGC10型が誕生し、ホイールベースを短くすることでさらに高性能を発揮しました。

公道仕様として生まれたケンメリGT-R

1972年にモデルチェンジを行い、スカイラインは4代目となります。
ケンメリの誕生ですが、キャッチコピーがケンとメリーのスカイラインだったからです。
デートカーとして知られていたスカイラインらしいキャッチコピーだったともいえるでしょう。

GT-Rは2ドアハードトップをベースに1973年に登場します。
あくまでも市販車として公道を走ることを前提に作られたGT-Rであり、S20型エンジンは素晴らしい性能を発揮したのです、
足回りも旋回性能を高めるために考えられており、必要な制動力を得るためにブレーキも4輪ディスクでした。
そんな高性能なケンメリGT-Rは、4カ月だけの販売だったこともあり197台しか作られていません。
そこには排ガス規制の問題があり、生産を中止しなければいけなかったからです。

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