GT-Rの見事な復活となるR32の成功と欠点

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長らくGT-Rが誕生してこなかった時代、スカイラインのモデルチェンジとともにいつか出るのではないかと期待され続けてきました。
1989年8月、16年半ぶりにGT-Rが復活します。
8代目スカイラインとなり、性能向上のためにコンパクトなボディを作りあげ、最新の技術を投入することで、本当に満足することができるGT-Rが誕生するのです。

見事に復活を遂げるR32GT-R

時期はバブル絶頂期、日産は901運動を推進し、最新の技術を投入して8代目スカイラインを登場させます。
高機能を発揮させるため、できるだけコンパクトなボディにするという間違いのない方向性に舵を切るのです。
のちにボディ拡大により、自動車メーカーが失敗して行くことのまるで正反対だったといってもいいでしょう。

このR32は、驚くほどの高性能を秘めていました。
初代GT-Rが作り上げた伝説を復活させるだけの能力を持っていたのです。
レース車としてのベース車両なのであり、技術的にもシンボルカーとして作られました。
エンジンは専用のRB26DETTであり、徹底的にチューニングされ280psを発揮。
レース仕様では600psでも耐えられるだけの耐久性を持たせてあったのです。
2.6リッターなのも、グループA規格のJTCのレギュレーションに合わせるためでした。
このRB26DETTは、特別製のエンジンをレースに持ち込むのではなく、特別なエンジンを作ってしまえという発想があったといってもいいでしょう。

レースではそれまでの車をすべて時代遅れにしてしまうという快挙を見せます。
結果として、のちにGT-Rに合わせてレギュレーションを変更するということになってしまい、アドバンテージは薄れていくことになりますが、それだけのインパクトがあったということを記憶にも記録にも残すことになるのです。

強大なパワーと受け止める足回り

R32の特筆事項としては、それまでのGT-RがNAであったことに対して、セラミックツインターボを採用していることが挙げられるでしょう。
そして、FRが基本でしたが、ATTESA E-TSを搭載することにより、トルクスプリット型4WDになったということです。
つまり、強大なパワーを発揮させ、それを受け止める駆動方式を与えたといえます。
これが驚くべき性能をはっきさせ、とんでもない異次元のコーナーリング性能を作り上げることになったのです。

完璧な復活と不完全な重量の問題

R32はGT-Rとして完璧な形で復活しました。
しかし、何ら欠点がなかったというわけではありません。
特に心臓であったRB26DETTは、鋳鉄製のエンジンであり、チューニングに耐えることができる一方、非常に重いエンジンだったのです。

R32は、どんなチューニングをしてもフロントヘビーに悩まされ、ブレーキに負担をかけていくことになります。
のちのVスペックなどで、大容量のブレンボ製のブレーキキャリパーが採用されるのも、こうした欠点が顕著に表れてくるからなのです。
それでも、この化け物は、日本だけではなく世界のレースシーンを変えていってしまうことになりました。

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