若者たちに愛されたシルビアの軌跡

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日産には、数多くの車種が存在しました。
その中でも、シルビアは廃止になった現在も、次は復活するといわれている車です。
名車といわれるほどに、何かを残したわけではありません。
しかし、運転の楽しさを教えてくれた車として、今でも絶大な人気を誇っているのです。

名車S13のデビュー

シルビアがうまれたのは、1965年のことでした。
非常に美しいラインを持つクーペとして、誕生したシルビアは、スカイラインやフェアレディZの陰に隠れ、売上的には成功したとは言えません。
ですが、そのフォルムは、今見ても美しいラインで出来上がっているといえるでしょう。

その後もモデルチェンジを繰り返しますが、時代に合わせさまざまなボディを与えられます。
大きな転機になってくるのが、5代目S13でした。
もっとも販売代位数の多いシルビアとなったS13は、若い年代に大人気になったのです。
軽快なボディに対して、マイナーチェンジ後には205psまでアップされたSR20DETは、高い機動性を与えました。
姉妹車となった180SXとともに、峠の走り屋などにも高い人気となるのです。
これが問題となることもありましたが、それだけ魅力的な車であったといえるでしょう。

失敗作のS14

シルビアは1993年にモデルチェンジします。
S14は、当時の日産の流れに乗り、居住性を上げろという営業サイドの要求により、全車3ナンバー化するのです。
評価の高かったS13に比べ、何ともつまらないデザインになったといわれてしまいます。

当時の車は、日産だけではなく、とにかく拡大傾向にあったといえるでしょう。
居住性の向上という名目で、車はどんどんと機動性を失っていくのです。
その代りに、パワーアップを目指しますが、車は重くなり、さらに鈍重な動きにしかならなくなります。
S14も例外ではなく、パワーは上がるものの、ボディの拡大とともに軽快な動きは失われて、人気も急降下して行くのです。

素晴らしい出来だったS15

失敗となってしまったS14から1999年に7代目となるS15が発表されます。
最大の変更点は、巨大化したボディをコンパクトな5ナンバーに戻したことでしょう。
走行性能も見なおされ、ヒット作になっていくのです。

SR系のエンジンはさらに改良され、スペックRのSR20DETは250psまで発揮します。
6MTを搭載しましたが、トラブルが多発し、これが唯一の問題点となってしまうのです。
実は、生産していたメーカーは、トヨタ系列の部品会社であり、相性が悪い問題だとまで指摘されることになります。
しかし、もともとマツダのロードスターように開発されたものなのであり、これを積むことにした開発陣に問題があったといえるでしょう。

それでも、S15は優れた車でした。
日産の経営悪化を陰で支えた車のひとつでもあったのです。
それも、カルロス・ゴーンが就任し、コストカットの対象車種となり、2002年に廃止されることになります。

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